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聖書はイエス・キリストに対する信仰によって、 救いに至る知恵をわたしたちに与えて下さいます。あなたも神様の愛である罪の赦しと救いとを 聖書によって学んでみませんか?
御言を思い巡らしながら瞑想し、与えられた恵みに対する主への感謝の祈りを捧げましょう。
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聖霊降臨後第20主日第一聖書日課創世記2章18−24節

2009/10/18 09:59
2:18 その後、神である主は仰せられた。「人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」
2:19 神である主が、土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造られたとき、それにどんな名を彼がつけるかを見るために、人のところに連れて来られた。人が、生き物につける名は、みな、それが、その名となった。
2:20 こうして人は、すべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけたが、人にはふさわしい助け手が、見あたらなかった。
2:21 そこで神である主が、深い眠りをその人に下されたので彼は眠った。それで、彼のあばら骨の一つを取り、そのところの肉をふさがれた。
2:22 こうして神である主は、人から取ったあばら骨を、ひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。
2:23 すると人は言った。「これこそ、今や、私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。これは男から取られたのだから。」
2:24 それゆえ、男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。


創世記2章18−24節は結婚に関する神の教えです。神は、社会を構成する最も基礎的で重要なものとして、結婚を制定しました。結婚についての教えは、慈しみ深い創造主が人間の幸福のために定めた祝福として尊ばれるべきです。人間は結婚に関する神の教えを守って生活すべきです。


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聖霊降臨後第20主日第二聖書日課ヘブル人への手紙2章9−11節

2009/10/18 09:58
2:9 ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。
2:10 神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。
2:11 聖とする方も、聖とされる者たちも、すべて元は一つです。それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、こう言われます

 「しばらくの間、御使い(天使)よりも低くされたイエス」という表現は、神であるイエスが肉体を取ってこの世に現われ、人間として神の戒めに従って生活したことを意味しています。イエスがそうしたのは、すべての人の代理として完全にきよい生活を送り、すべての人の罪を背負って死ぬためでした。


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聖霊降臨後第20主日福音書朗読 マルコの福音書10章2−16節

2009/10/18 09:57
10:2 すると、パリサイ人たちがみもとにやって来て、夫が妻を離別することは許されるかどうかと質問した。イエスをためそうとしたのである。
10:3 イエスは答えて言われた。「モーセはあなたがたに、何と命じていますか。」
10:4 彼らは言った。「モーセは、離婚状を書いて妻を離別することを許しました。」
10:5 イエスは言われた。「モーセは、あなたがたの心がかたくななので、この命令をあなたがたに書いたのです。
10:6 しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。
10:7 それゆえ、人はその父と母を離れて、
10:8 ふたりの者が一心同体になるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。
10:9 こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」
10:10 家に戻った弟子たちが、この問題についてイエスに尋ねた。
10:11 そこで、イエスは彼らに言われた。「だれでも、妻を離別して別の女を妻にするなら、前の妻に対して姦淫を犯すのです。
10:12 妻も、夫を離別して別の男にとつぐなら、姦淫を犯しているのです。」
10:13 さて、イエスにさわっていただこうとして、人々が子どもたちを、みもとに連れて来た。ところが、弟子たちは彼らをしかった。
10:14 イエスはそれをご覧になり、憤って、彼らに言われた。「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。
10:15 まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません。」
10:16 そしてイエスは子どもたちを抱き、彼らの上に手を置いて祝福された。

 この箇所はクリスチャンの家族に関することを広く取り扱っています。イエスは2節から12節で、結婚が一人の男と女による一生涯の結びつきであることを教えています。13節から16節で、幼子をイエスから遠ざけようとした弟子たちをしかりました。弟子たちのしたことは罪でした。私たちもイエスの祝福から幼子を遠ざけないようにしましょう。イエスのこと、イエスの教え、イエスの祝福を幼子に教えましょう。


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聖霊降臨後第13主日 第一聖書日課 箴言9章1−6節

2009/08/30 13:50
9:1 知恵は自分の家を建て、七つの柱を据え、
9:2 いけにえをほふり、ぶどう酒に混ぜ物をし、その食卓も整え、
9:3 小娘にことづけて、町の高い所で告げさせた。
9:4 「わきまえのない者はだれでも、ここに来なさい。」と。また、思慮に欠けた者に言う。
9:5 「わたしの食事を食べに来なさい。わたしの混ぜ合わせたぶどう酒を飲み、
9:6 わきまえのないことを捨てて、生きなさい。悟りのある道を、まっすぐ歩みなさい。」と。


ここで知恵は人のように描かれています。知恵は祝宴を整え、「わきまえのない者」を招きます。また、知恵は「わきまえのない者」に悟りある道を歩むよう勧めます。このことは、聖霊が御言葉を通して霊的にわきまえのない私たちの心にキリストを信じる信仰を造る時、実際に起こります。しかし、すべての人がこの招待を喜んで受けるわけではありません。ある人はこの招待をあざけり、キリストについて聞くことは時間のむだだと考えます。私たちはキリストを信じて、御言葉に従いましょう。


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聖霊降臨後第13主日 第二聖書日課 エペソ人への手紙5章15−20節

2009/08/30 13:49
5:15 そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、
5:16 機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。
5:17 ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。
5:18 また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。
5:19 詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。
5:20 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。


私たちの歩みは愚かに歩むか、知恵によって歩むかのどちらかです。邪悪な時代にあっても、神とともに歩む人の道は悟りと喜びの道です。 聖霊はその人々の心を、キリストに基づく平和と喜びと感謝で満たします。 聖霊は御言葉を通して来て、信者を救いの食物で満たします。キリストとともに歩む知恵の道を見出した人は、主に賛美と感謝をささげます。


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聖霊降臨後第13主日 福音書朗読 ヨハネの福音書6章51−58節

2009/08/30 13:49
6:51 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」
6:52 すると、ユダヤ人たちは、「この人は、どのようにしてその肉を私たちに与えて食べさせることができるのか。」と言って互いに議論し合った。
6:53 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。
6:54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。
6:55 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。
6:56 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。
6:57 生ける父がわたしを遣わし、わたしが父によって生きているように、わたしを食べる者も、わたしによって生きるのです。
6:58 これは、天から下ってきたパンです。あなたがたの先祖が食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」


イエスは天から下って来た命のパンです。イエスを食べる(信じる)人は、永遠に生きます。しかし、ユダヤ人たちはイエスが救い主であることを信じないで、食べる者とともに朽ち果ててしまう食物をイエスに求めました。何と愚かなことでしょう。
イエスの語る真理は持続し、永遠の命を与えます。このユダヤ人のように消え去ってしまうものに多くの時間と努力、気遣いや心配を費やすことは愚かなことです。


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第一聖書日課 創世記3章8−15節

2009/06/21 00:00
3:8 そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。
3:9 神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」
3:10 彼は答えた。「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました。」
3:11 すると、仰せになった。「あなたが裸であるのを、だれがあなたに教えたのか。あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」
3:12 人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」
3:13 そこで、神である主は女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」
3:14 神である主は蛇に仰せられた。「おまえが、こんな事をしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。
3:15 わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」


慈しみと寛容に満ちた創造主の代わりに、人が自分自身の意思でサタンを信じた時、サタンは神からの永遠の分離である死と苦しみをこの世にもたらしました。しかし、恵み深い主は人間を永遠の死から救い出す救い主を遣わす約束を与えました。

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